田渕美術工房

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美術紀行 サン・ロータスの道 日本・東洋編

最高の美の出現 光は物質とともに

エジプトのスフィンクスは、インドで阿育の獅子となり、沖縄でシーサーとなった
それは人と自然、人と人の間にあって生命の砦として十全に機能した
不滅の美は人間の進むべき道しるべとなった
新しい「生命主義」の文明が、静かに時を待っている

〈序文〉サン・ロータスの道

太陽の道

闇から光への挑戦

歴史の歯車がまわっている

光源をもとめて

われわれの旅が続いている


2007年2月25日より3月15日まで、インドの旅をしてきた。

ダージリンを皮切りに、サンチー、ニューデリー、コルカタ(カルカッタ)、パトナ、ラージギール、ブッダガヤ、サールナート、ヴァラナシ(ベナレス)、アジャンターと、十箇所を廻って、ムンバイ(ボンベイ)の大木の緑の中で、三十五度の真夏のような太陽に照らされて、アラビアの風を受けて終わった。

約20日間の旅であった。

3回目のインドの旅、インドは大きく変わっていた。

インドは広くて、人であふれていた。

10億とも11億ともいわれる、未来のエネルギーが動いている。

カーストで固められた、恐るべきカオスの国。

世界の頭脳の国、ITの世界進出がある。

人類全体にかかわる、富と格差の問題、環境問題、武力紛争の問題(インドの軍事予算は100億ドルをはるかに超えて、国家予算の10〜15パーセントを占め、国の財政を圧迫している)と、緊張の走る国。

2030年には世界のトップに躍り出るであろうこの国は、はた目にも、中国と共に大きな将来の問題を抱えているように思えた。

その中で、古代マウリア朝の阿育(アショーカ王 在位前268〜232頃)の秘密をしっかり見て来た。

阿育の時代に、巨大な光源は大光を放って、全インドを照らしていた。巨大な美は、今静かに時を待って眠っている。


「多くの民衆が

日常茶飯事をこえた

何ものかを意識し

それによって

急速に

啓蒙されることがあるものである

仏の声が物理的、道徳的

障害を乗り超えて

津々浦々にまで聞こえていったとき

それはまさにそのような歴史上の出来事であった」

           (タゴール〔1861〜1941〕*1)


人の世には、不思議なことがあるものである。すうーっと、生命の光が入ってくる。あらゆる所から見える太陽が一つであるように、あらゆる地理的、あらゆる宗教、あらゆる社会・倫理の条件を超えるものが存在する。


「死においては多は一となり

生においては一は多となる

「神」が死んだときに

宗教は一つとなるであろう」

           (タゴール*2)


太陽は、無軌道に動いているものではない。南回帰線から北回帰線に、太陽がある。ここに誰もが従うべき生命の法則がある。そして、この法輪をまわす人がいた。この法則に従って、最高の美が生まれていた。

私も太陽の動きに合わせて、仕事を進めて来た。


太陽が顔を出す

小鳥たちの声が

一瞬 ピタリと止む

朝の静寂(しじま)が生まれた

夜明けの静寂が広がった


何日か太陽を追っていると、どこから太陽が出るかわかってきた。

太陽がガンジスの水面を照らす。人も動物も草木も大地も、みんないっしょに祈っている。慈愛の光に包まれて一日一日違う太陽が昇る。

それぞれ違う生命だ。一つとして同じ姿はない。沈むときも違う。一つひとつのいのちが光っている。


今日も新しい一日がはじまった

大地を蹴って陽が昇る

すべてが皆 太陽の子だった

皆 兄弟であったことがわかってきた

ここから一切のものがはじまる


人の60兆もの細胞に備わる

生命の元 染色体も

太陽の働きによって生まれた

太陽は一日一日再生される

太陽があって風がある 魂が動く

太陽の昇る姿に希望を見る

太陽は闇から生まれた

悲しみを乗り越えて

恨みつらみを乗り越えて

夏も冬も太陽の道を進もう

これが我々のサン・ロータスの道である

ヒマラヤが映って

ヒマラヤの見えるダージリンから出発した。


真っ赤なシャクナゲが咲いて

深い谷間に

青い山をバックに

睡蓮のように

木蓮が咲いていた


太陽が地より昇ってくる

8586メートルのヒマラヤ・カンチェンジュンガが見える街

人々が妙に親切で

どこかで会ったように感じる街

小鳥も

サルも牛も みんないっしょに

千尋の谷を見おろす丘の上で

生きている


人々の笑顔のなかに

ヒマラヤが映っていた


ルンビニで生まれた釈尊

ヒマラヤが乗り移った

巨大な人格として世に現れた

光は物質とともに

この釈尊の偉大な光を受けて、師子王阿育が生まれた。

光は物質と共に現れる。

物質を通して心(霊魂、生命)はどこまでも広がっていく。

ヒマラヤの光は、8万4千の仏塔となった。形となって永続的に、組織的に世界を作っていく。外からの圧力によらず、内からの力によって、自らを開いていく。これが文化の力である。天上の太陽が、地上のロータスに変わった。

汝自身を知る

ターレス(前624〜546頃)の"汝自身を知れ"の格言を、ギリシャのデルフィで聞いてスタートした世界の美をめぐる旅は、ここラージギルの霊鷲山でその解答を見ることとなった。

夕闇に静まる霊鷲山を取り囲む山々には、ギリシャのデルフィ、祈りの場で経験した母の胎内のような安心と安らぎがあった。女性は太陽を生む人である。女性がわかるような美が生まれれば、一気に平和が広まることができる。これが、真実の美である。

霊鷲山を取り囲む木々は夕陽に照らされて、究極の法の説法を聞く六万恒河沙の大衆*3が喜びにふるえる姿のようであった。

釈尊の覚りは、生命の全体性、自覚性、創造性を開く本意をもって、成仏という形となって現れた。それが百年後、全インドに広まった。

阿育の文化であった。

あらゆる人々がうなずく、最高の美の出現である。

8万4千の記しとなって現れた。

汝とは生命なり、汝とは太陽であり、宇宙である。その証明が表徴となった。


「不可能を

可能にする

決意を固めた

すなわち、この人たちは

石に口をきかせたり

歌をうたわせ

洞穴に記憶を呼び起こさせた」

           (タゴール*1)


これが、石も木も大地も同じ生命であったことを証明する芸術の出現である。

世界の最高峰は、こうしてでき上がった。

最高の美の出現

サンチーとは現地語で、「平和」を意味するという。

ここにサンチーの大塔がある。宇宙を表すが如き、丸いドームがある。

三つの傘蓋があり、日本の五重塔の原形である。赤いブーゲンビリアの咲く小高い丘は、夕陽のなかに輝いていた。


花が咲いて、都ができた。花の都パトナ、かつてのマウリア朝の都パータリプトラ(華子城)。

この街を飾る『惑星の女神』(パトナ博物館蔵)がある。

古代ギリシャも、西洋のルネサンスの巨人さえも、頭をたれないではおれないであろう、跪く美しさがあった。


さらに、サールナート(鹿野苑)の初転法輪の地に、獅子の王柱があった。堂々として凛と立つ。

太陽を頂いて、法輪がまわる。牛と馬と獅子と象に乗って、法輪を世界にまわしていく。

法華経の精神は余すところなく表現されて、形となって、喜びにふるえている。

イスラムとヒンズーの時代になっても、国の象徴であることには変わりない。


"喜びと希望の声は

山や

砂漠を越え

不毛の僻地や

人口の多い街をわたり

不滅のものとなった"

           (タゴール*1)


喜びと希望が、不滅の美を造り上げた。

新しき文明の到来

世界をめぐる太陽

太陽が毎日沈んでいくように

芸術の太陽は一旦沈んで

新しい時を待っている


1817年、流刑の地セントヘレナ島で、遥かなる琉球の話を聞いたナポレオン(1769〜1821)は、

「この世界に武器を持たぬ国があるとは」と、仰天した*4。

日本の南の島に阿育の精神が生きていた。

武力をもって永遠の平和が訪れることはない。文化の力でほぼ全インドを統一した阿育が、永続的に平和を作る法則を示した。

「守礼の邦(くに)」、人間の根本である、礼をもって国を作る琉球。

古来、沖縄の床の間には、刀に非ずして、三線が飾られていた。

武器より楽器を、軍事より芸術を、琉球の心とした邦。

西洋の「真・善・美」の規範は、「美・仁・柔」となり、美が中心となった。

美とは、生きる喜びである。

そして、「仁」と「柔」。「柔」の人間性で、人を包んでいく。これが沖縄の心、太陽の心であった。エジプトからインドへと繋がった太陽と蓮華の流れは、パシフィック・オーシャン、平和の大洋と呼ぶ大海に、いよいよ太平洋の沿岸にたどり着いた。

エジプトのスフィンクスは、インドで阿育の獅子となり、沖縄でシーサーとなった。

それは人と自然、人と人の間にあって生命の砦として十全に機能した。不滅の美は人間の進むべき道しるべとなった。

新しい「生命主義」の文明が、静かに時を待っている。

太陽の芸術

太陽の光は一瞬のうちに世界を七廻り半する

瞬時に世界を包む

これが太陽の芸術である

人間には偉大な力が備わっている

"どの社会が大きくなっても

ひとりの人間の大きさにはかなわないことを

忘れてはならない

友情にあふれる個人が

自然にしかも瞬間的に連合するとき

彼は二倍、いや数倍の大きさになる"(エマソン〔1803〜1882〕*5)と

一人の人間が根源まで掘り下げていくと

皆が友人であったことが解る

その友情は世界を走る

東で起こったことは西でも起こった

西で動いたことは東で動かした

驚くべき速さで地球は動いている

百に一つ、千に一つ、万に一つ

咲きはじめた一輪の花は

世界の春を呼ぶ


花の里

うぐいす鳴いて

天下春


そんな芸術の到来を願っている



序文注

1 タゴールの言葉「多くの民衆が……」 「不可能を可能にする…」「喜びと希望の声は……」
タゴールの1926年にダッカで行なった講演『芸術と伝統』から。 『タゴール著作集第九巻 文学・芸術・教育論集』三浦徳弘訳 第三文明社 1981年 304ページ。

2 タゴールの言葉「死においては多は一となり……」
詩集『迷える小鳥』84 宮本正清訳、『タゴール詩選2 迷える小鳥・春の先がけ』宮本正清、森本達雄訳 アポロン社 1967年 24ページ。

3 六万恒河沙の大衆
法華経従地涌出品第十五に説かれている地涌の菩薩の数。恒河とはインドのガンジス河のこと。沙とは砂の意でガンジス河の砂の粒のように数の無量を表し、その六万倍を意味する。仏教哲学大辞典編纂委員会編『仏教哲学大辞典 第三版』創価学会 2000年 参照。

4 ナポレオンは、「この世界に武器を持たぬ国があるとは」と、仰天した。
  1816年に沖縄を訪れ六週間滞在し、帰途セントヘレナ島でナポレオンと会見した英国士官バジル・ホールが、「大琉球の人々は武器を持たないという話にナポレオンはなによりも仰天した」等の記録を「航海記」に残している。ラブ・オーシュリ、上原正稔編著『青い目が見た大琉球』ニライ社 1987年 参照。

5 エマソンの言葉「どの社会が大きくなっても……」
「ニューイングランドにおける改革者たち」より 原島善衛訳『エマソン選集4 個人と社会』日本教文社 1960年。

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万葉舍   定価2,500円(税込)
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