田渕美術工房

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美術紀行 太陽とロータス -エジプト・フランス編-

"生命の世紀"呼ぶロータス・ロード

−人類の源、大ナイルに太陽とロータスの文明が花開いた−
現代の我々の世界にもシルクロードに代わる
平和と幸福の花咲く新たなる道(ロード)をつくりたい。
本書はエジプト美術探究の記録である。

第一章 母なるナイル アブシンベル
第二章 蓮華の都 ルクソール
第三章 人間の花 カイロ
第四章 太陽の都 アレキサンドリア
第五章 冬のパリ
付 録 ベルリン・ロンドン

序文 太陽とロータスの道

田渕 隆三

終戦の悲哀のなかで

太陽とピラミッドとロータスの国エジプト。太陽の出づる国、富士山と蓮の日本。このエジプトと日本というオリエントの西と東の間に流れる時間と空間を超えた不思議な文化の繋がりは、久しい間、私の心を捉えてやまないものがあった。

青雲の志を抱く学生時代に、『ツタンカーメンの黄金のマスク』(カイロ、エジプト考古学博物館)がこの日本にやって来た。続いて、クレオパトラ(7世、在位前51〜30)を想起させる「ホワイト・クイーン」の愛称を持つ絶世の美女『メリトアメン像』(同前)もやって来た。ラムセス二世(在位前1279〜1213頃)の妃もしくは王女の一人ともいわれる美しき女性の像である。美しい顔に、鼻だけが壊れていた。それでも惚れ込む美しさがあった。

二度に亘るエジプト美術との出会いによって、若い生命に決定的な楔が打ち込まれていた。

話は違うが、同じ頃、『ミロのヴィーナス』(ルーヴル美術館)も、さらに『モナ・リザ』(同前)も日本にやって来ていた。これほどまでに人類の至宝が次々と訪れる国はそうあるものではない。
『モナ・リザ』は、日本に来る十年前、一度だけアメリカに渡っているが、その時は、「世界一美しい女性にこちらに来いとは失礼千万。会いたかったらパリに来い」とパリの新聞が書き立てるなど、フランス中で反対運動が起きた。しかし日本に対しては、世界の至宝をむしろ快く送り出してくれたという。この東の果ての国に、大きな役割があるに違いない。

ともかくエジプト美術との接触は、われわれの体内に久しい間眠り続けていたオリエントの魂を揺り動かし、不思議な安らぎと充実感をもたらすものであった。

終戦の悲哀の中で、二千年前の蓮が大賀一郎博士(1883〜1965)の手によって咲いたり、世界の人々はそんなことに希望を抱いて進んで来た。

以来六十年、一見すると、美を失ってカオス(混沌)の時代が進んでいる。

世界の文化史を飾る出来事

二十世紀の初頭、オリエントから世界を驚嘆させる大発見があった。1922年、ツタンカーメン(在位前1336〜1327頃)の王墓の発見であった。今ではツタンカーメンの名前を知らぬ人はいないが、それまでは地中深く隠されて、誰もがその存在すら知らない幻の王であった。その発見は、エジプトを愛する一人の青年、ハワード・カーター(1874〜1939)の二十数年に及ぶ熾烈な闘争と努力の成果であった。これによってそれまで王名表にもなかった少年王ツタンカーメンの『黄金のマスク』が、我々の眼前に姿を現すこととなった。

ツタンカーメンの王墓から発見された見事な芸術は、ピラミッドと共にエジプトの精神文明の力を遺憾なく表出して、その力を縦横に広げ深めてゆくものであり、人間の真の在り方を改めて人類に問いかけるものであった。この二十一世紀のわれわれの眼前に現れた大きなメッセージは、現代のわれわれのために地中深く大切に埋葬されていたとしか言いようがない。

ちょうどクロード・モネ(1840〜1926)が幅二メートル、長さ九〇メートルにもおよぶ『大睡蓮』を、パリの中心、コンコルド広場に隣接するオランジュリー美術館に完成させようとしている頃で、奇しくもそれに時を合わせるかのようなツタンカーメンの出現であった。ちなみにこのコンコルド広場は、かつてのフランス革命期 にギロチン台が据えられ、多くの血が流された場所であった。そのあとに、あらゆる対立を超克して全民衆が調和のもとに共存する願いを込めて、エジプトのオベリスクが立てられている。オベリスクに、コンコルド(大調和)の願いを込めて、西の世界がオリエントの魂を受け入れたものであった。

矢車菊

発見から三年たった1925年、煩雑な発掘作業を経て、何重にも封印された王の棺がようやく目の前に現れた。ツタンカーメンの目も眩むような黄金の中で、カーターは棺にそっと添えられた矢車菊に深く心を奪われたという。
「…まだほのかに色をとどめたささやかなあせた花ほど、美しいものはなかった」と。

カーターは、「この花束を、夫に先立たれた少女の妃が、『二つの王国』を代表した若々しい夫にささげた最後の贈り物と考えた」のである。

そして感慨に耽る。
「それは、三三〇〇年といってもごくわずかの時間であって、昨日と今日の境にすぎないことを物語っていた。まことにこの一脈の自然は、古代と私たちの現代文明を近しいものにした」と、カーターは語るのである。

何千年の時を経ても、昔も今も愛別離苦、生老病死にまつわる人間の悩みが変わることはない。

矢車菊に託す恋慕の思いは、今も昔も同じであったのであろう。人間にまつわる根本的な問題の解決の為にこそ文明があった。

美しさに向かうわれわれの熱意は、人間の基底部に宿る真実の発見、永遠の法則の発見からスタートすることになる。

文明の継承

エジプトほど芸術の力と役割が社会の中で十全に発揮されたところはない。後世における社会の繁栄も、実にその淵源たるオリエント・エジプトを範とした時に、成し遂げられている。エジプトでは生活の実に三分の一までが、死のために使われることになっていた。死を見つめ死の準備として作られたものが文化として進化し、残っていったのである。古代ギリシャも、ヨーロッパのルネサンスもこの図式を社会に展開したものであった。

アメリカの教育者デューイ(1859〜1952)が語るように、
「心の持ち主たる個個の人間は次々と死んでいくが、客観的に表現された意味をうちに含む作品は生き長らえる。この作品はわれわれの環境の一部となり、そして環境のこの側面と人間との間の相互作用は文明生活を継続させる枢軸なのである」(『芸術論 経験としての芸術』)

ピラミッドの基底部には八葉の蓮華があるという。少年王ツタンカーメンも蓮華(ロータス)の花の上に化生した姿の像が残されている。

それらの永遠を約束された形が人々の心を組織的に作り、その心を永続的につないでいって、まれにみる長期の繁栄が成し遂げられていったと見るべきである。

太陽のもとに咲く蓮華の花のように、太陽と蓮華に象徴される不変の法則がある。

壊れないことをもって、永遠の法と云う。

その自然の法則と合致してはじめて美となる。

永遠に崩れない美の出現とはこういうものであった。

カーターの掘りあてた美も、まさにそれであった。

新しき道

われわれの迎えた新しき世紀。現代人の欲望のひずみの中から生まれたこの不安な世界に、永遠の繁栄の道はないものか。答えは、われわれも太陽とロータスの新しい文化のロードを築き上げることである。

文化の勝利は永遠の勝利である。われわれの中に生命の全体と交流し感応する力が蘇れば、あらゆる生命を復元できる。そのために人類有史五千年の文化史をひもといて、何が美しく、何が価値あるものかを知る必要がある。ここからわれわれのルネサンス運動が開始される。

古代のエネルギーに突き動かされて、われわれは新しき精神(生命)の誕生としての、新しいヴィジュアルの時代の到来を迎える。ヴィジュアル芸術こそ文明の顔であり、来るべき時代の先兆となる。新しい美術の誕生と共に新しい文明が始まる。

この確信が古代エジプトの美術を学ぶわれわれへの贈り物であった。

 

本書の出版に際し、旅の記録と編集に当たっては八王子グループの一員で会報誌『人間の港』の編集者である川北茂氏のご苦労をいただき、また株式会社リサージュ出版の山本弘人氏の応援をいただいて、あきる野美術工房創立三周年の記念出版として完成をみました。関係各位に対しまして心から御礼を申し上げます。

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美術紀行 太陽とロータス -エジプト・フランス編-   田渕 隆三 著
リサージュ出版   定価2,500円(税込)
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